バロック時代とバグパイプ(その4) - ヒュンメルヒェンさまざま
前回、ヒュンメルヒェンの教則本のご紹介をしましたが、その後、「ヒュンメルヒェンという楽器の実態がよく分からない」というコメントを頂きました。このため、今回はヒュンメルヒェンについて取り上げてみます。
さて、上記のコメントはまさに的を得たもので、ヒュンメルヒェンを定義しようとすると、かなり曖昧な言い方しか出来ないのではないかと思います。私なりにあえて辞書風に定義してみると、次のようになるかもしれません。
「ヒュンメルヒェン (Hümmelchen - ドイツ語) - 音楽史上のルネサンス時代後期からバロック時代初期にかけて、ドイツを中心とした地域で用いられていた小型のバグパイプ。ミヒャエル・プレトリウスの「音楽大全」に示されているものが有名。またこれらをモデルにして現在製作されているドイツ風小型バグパイプの総称。」
結論を先に申し上げますと、古楽器としてのヒュンメルヒェンも、現代のヒュンメルヒェンも、多様性に富んだバグパイプです。もう一点特筆すべきは、少なくとも現在のヒュンメルヒェンは、特定の民族音楽の演奏を主目的とした楽器ではなく、実に様々な局面で使われている、ということです。もちろん、ドイツやオーストリアの民族音楽も演奏できますが、それ以外の国の民謡も演奏されるほか、古楽から現代曲までのアンサンブルでも使われます。このため、むしろ民族楽器というよりは、リコーダーのような汎用性を持った楽器と言って差し支えないでしょう。
それでは、まずヒュンメルヒェンの古楽器としての側面について見てみましょう。ヒュンメルヒェンといえば、プレトリウスの「音楽大全」のものが際立って有名なのはご承知の通りです。
(プレトリウスのヒュンメルヒェン。出典:Bärenreiter社刊 M. Praetorius "Syntagma Musicum II", 1619)
プレトリウスは、ヒュンメルヒェンをC管チャンター様の音域で、FとCのドローンを備えた楽器として記しています。しかしその一方で、プレトリウスの時代にこの規格が厳格に標準化されていたとは考えにくく、恐らくプレトリウスが見たヒュンメルヒェンは、「数あるヒュンメルヒェンの一つ」と考えるのが妥当でしょう。現代の様々なバグパイプと同じように、同種の楽器でも調、音域、運指法、形などに色々なバリエーションがあったのではないでしょうか。こうしたバリエーションを示す例として、1994年に北ドイツのUelvesbüller Koogで見つかったバグパイプの一部(チャンター、チャンターストック、リードの管)があります。
(現存するヒュンメルヒェンの一部。左下のコインは1ペニヒ。出典:Ralf Gehler, "De Dudel-Sack kam der ock mit bevör - Zwei Sackpfeifenfragmente als archäologische Zeugen norddeutscher Musikkultur", Bayerischer Landesverein für Heimatpfleg e.V.刊 "Der Dudelsack in Europa")
これは17世紀前半のものと推測され、プレトリウスが活躍した時代と同時期です。このバグパイプのチャンターの長さは198mmで(これはストックに隠れる部分も含めた長さで、その点を考慮するとプレトリウスのものよりもやや短め)、内径は3.6mm、材は恐らく黒檀だとのことです。出典論文(上記写真と同じ)を読むと、復元したリード(ダブルリード)でこれを鳴らした結果、低めのE管らしいとの推測が成り立つようです。ただし、基準とするピッチについての記載がないため、この推測がA=440Hzを基準としているなら、現代よりも低いピッチを基準にしていた当時は、F管として作られたのかもしれません。もちろん、復元されたリードが当時のオリジナルと同等かどうかは分からないという点、留保が必要です。
このほかにも、インスブルック近郊の城には、16~17世紀のものと思われる象牙製の小さなバグパイプが保存されており(ドローンは散逸)、これはチャンターの長さが13cm強という極めて小さなものですが、形はプレトリウスのヒュンメルヒェンに酷似しています。この楽器が「ヒュンメルヒェン」の名称で呼ばれていたかどうかは分かりませんが、構造からすれば同属のバグパイプだといえるでしょう。また、城で保存されていたことや総象牙製という点から、きっと裕福な階級で使用されていたのでしょう。
これらのほかにも、ヒュンメルヒェンらしきバグパイプを描いた17世紀の絵画などもあります。
なお、ヒュンメルヒェンのチャンターはダブルリードというのが通説ですが、北東ヨーロッパにおけるその後のバグパイプの発展経緯から、シングルリードで鳴らすヒュンメルヒェンがあった可能性を指摘する人もいます。
次に現代のヒュンメルヒェンについて。現在、「ヒュンメルヒェン」は色々な国で製作されています。ドイツ語圏ではC管のリコーダー様運指が主流ですが、他にも様々な調・音域・運指で作られています。さらにはメーカー間でも設計が大きく異なります。「ヒュンメルヒェンはこうでなければならない」という規則があるわけではないので、各職人さんが持ち味を活かして自由に設計しています。それぞれの楽器に個性があり、同じ「ヒュンメルヒェン」でも、作る職人さんが違えば全く異なる楽器と言ってよいでしょう。
私は小型中世バグパイプという、現在のドイツ型ヒュンメルヒェンの構造をベースに、中世風のデザインを取り入れた楽器を作っています。中世にダブルリードの小型バグパイプがあったことは充分考えられるので、それなら恐らくこんな楽器だっただろう、と考えて作ったものです。バグパイプが中世に「ヒュンメルヒェン」の名称で呼ばれていたという記録は見当たりませんが、欧米向けには便宜上「中世風デザインのヒュンメルヒェン」という名で販売しています。ちょっと宣伝ですが、2010年11月にオーストリアで行われた「ドローン音楽2000年の歴史」というコンサートの中で、私の小型中世バグパイプを使って頂きました。ルネサンス・初期バロック時代の代表的バグパイプであるヒュンメルヒェンとして紹介されたものです。「ヒュンメルヒェン教則本」の著者Michael Verenoさんに演奏して頂いています。HPのサウンドサンプルとしてリンクしているので、既にご覧頂いた方もいらっしゃるかもしれませんが、YouTubeでビデオをご覧頂けます。
http://www.youtube.com/watch?v=wTZgw-0paMA&feature=BF&list=UL-6rYB4B8LBU&index=7
最後に、この多様性はヒュンメルヒェンの魅力の一つですが、この楽器を購入する際には留意すべき点の一つとなります。というのは、メーカー間でリードの互換性が期待できないからです。特にバグパイプを始めたばかりの頃は、リードを調整しようとして壊してしまうこともあるので、リードの供給ルートを確保しておくことが大切です。もしもネットオークションなどの中古品に興味がある場合には、楽器の製造者を確認し、その業者から継続的にリードを購入できるのを予め確かめておくことをお勧めします。
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